2015年8月5日
【明らかになりつつある断熱性能と健康との関わり】
今年4月から、新築戸建て住宅も「長野県建築物環境エネルギー性能検討制度」の義務対象になった。県がこの制度を通して目指していることや、本来、消費者が住まい選びの際に知っておくべき、住まいの『燃費性能』と『健康性能』との関わりなどについて、シリーズでお届けする。
さて、断熱性能が低い住まいはヒートショックリスクが高く、ヒートショックで亡くなる方は交通事故死の6倍にものぼることや、アレルギーや喘息の原因になることなど、住まいの断熱性能と健康との間に大きな関わりがあることを以前の回で説明した。
ところが我が国の家の断熱性能の基準を定めているのは、「省エネ法」に基づく「省エネ基準」であり、あくまでも「省エネ」という観点からの基準になっている。一方欧米では、住宅の断熱性能や室温との関係について、健康や福祉という観点から、我が国よりも大きく踏み込んで基準が作られ、政策が推し進められているのだ。
例えば英国では、保健省が低い室温は健康被害をもたらすとしており、室温は21度が推奨温度、18度が許容温度、16度未満は呼吸器系疾患に影響がある温度として室温に関する指針を定めている。そして賃貸住宅のオーナーに対しては、段階的に断熱性能の強化を求めており、2018年4月以降は、なんと一定の基準を満たさない住宅は賃貸することが禁止されるのだという。
また米国北東部の各州でも、州ごとに適切な住宅の室温が規定されており、賃貸住宅のオーナーは最低室温を規定以上に維持することが求められている。また例えばマサチューセッツ州では“Dept.of Public Health”という健康を所管する部門がこれを規定していることからも“省エネ”ではなく、“健康・福祉”という観点から基準が作られていることがわかる。
こうした欧米の取り組みに比べて、我が国では、住宅の断熱性能と健康との関わりに関する取り組みは大きく立ち遅れていた。しかし近年それが大きく変わりつつあり、国主導により、断熱性能向上が居住者の健康に与える影響が明らかにされつつある。例えば国土交通省は、平成26年度からスマートウェルネス住宅等推進事業という補助事業で、全国各地の医学・建築環境工学の学識者で構成する委員会を設置し、断熱改修等前後の居住者の健康状況にもたらす効果についての調査検証を始めている。この調査を中心的に推し進めている伊香賀俊治慶應義塾大学教授によると、断熱性能を高めることによって室温が適切に維持されると、居住者の血圧上昇が抑えられる傾向が明らかになったという。また家の中の温度差が小さくなり、脱衣室・浴室の室温低下が小さくなることで、入浴時の心臓への負担が軽減されることも確認されたという。そして、断熱改修工事の投資回収年数についても、図のように、光熱費削減のメリットだけだと投資回収に29年かかるが、健康維持による本人のメリットを勘案すると16年、さらに健康保険による公的負担費用削減分も含めると11年に短縮されるという試算結果も明らかされている。
また平成23年度から建築系学識者と医療系学識者により、健康長寿住宅エビデンス取得委員会(委員長:髙橋龍太郎 地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所 副所長)という組織が設置され、住まいの断熱改修の高齢居住者の健康への影響把握に関する実証実験が行われている。この調査結果においても、断熱改修により、高齢居住者の血圧やアレルギー症状の改善傾向が報告されている。
これらの調査結果は、今後の政策や基準作りに反映されることが期待されるところだ。
また2013年には、超党派による健康・省エネ住宅を推進する議員連盟(会長:高村正彦衆議院議員)が発足しており、国会議員の間でも住宅の断熱性能向上に向けた取り組みの一層の推進が必要だとの認識が広がりつつある。
このように、政・財・官・学の各界による住宅の断熱性能向上に向けた動きが活発になっている。次回では、そうした動きの延長線上の新たな政策である省エネ基準の適合義務化について説明したい。